再生・細胞医療分野支援

平成30年度 再生・細胞医療産業化連携プロジェクト採択企業 <横浜市立大学 大学院生命医科学研究科 竹居光太郎研究室>

~LOTUSを利用して神経細胞を再生~

横浜市立大学大学院生命医科学研究科の生体機能医科学研究室(竹居研究室)では、神経の発生や再生のメカニズムを研究しています。竹居研究室は、神経回路形成因子であるLOTUSを発見しています。そして現在は、基礎研究に加え、LOTUSを利用した神経再生医療技術の実用化に向けた研究開発にも取り組まれています。脊髄損傷や脳梗塞などの治療に向け、画期的な医療技術の研究を進める、横浜市立大学の竹居光太郎教授にお話を伺いました。

 
脳の神経回路網の再生に必須な『LOTUS』を発見!

私は、神経系のうち、特に脳の中の神経回路網(ネットワーク)に着目し、発生期や発達期において、ネットワークがどのように形成されていくのか、という分子機構について、30年ほど前から研究を行っています。なお、発生期とはヒトで言えば胎児の間、また発達期とは生まれてしばらくの短い期間を指します。

私たちの研究室では、発生期においてどのような分子が重要な働きをするのかについて、数多くの研究を行ってきました。分子機能の解明に当たっては、光を照射して分子を壊す技術を応用し、分子を探すツールを独自に開発しています。

その研究の中で、臭いの情報を伝える嗅覚系の2次投射路(嗅索)において、脳神経のネットワークを作るのに必須な分子を発見しました。嗅索は英語で「Lateral olfactory tract: LOT」と表記され、新たに発見した分子は嗅索の神経束形成を導く物質であることから、私たちは「LOTUS(LOT Usher Substance)」と名付けました。ちなみにLOTUSという英語には、蓮(はす)という意味があり、外国人から見てもエキゾチックでオリエンタルな響きがあり、印象に残るネーミングとしています。図1は、膜タンパク質であるLOTUSの一次構造を示しています。

図1LOTUSの構造

なお、私たちが嗅索を対象に研究を進めた理由としては、①実験に使用するマウスにとって一番大切な感覚は嗅覚であること、②脳はほとんど再生できないのですが、嗅神経は比較的再生すること、③嗅索は光を照射して実験を行うには適した場所にあること、④パーキンソン病などの神経系の疾患では、初期に嗅覚の障害がみられることなどから、その重要性を感じていたからです。

 
LOTUSが神経の再生を阻む作用を抑制

脳や脊髄といった中枢神経の再生は極めて困難であり、その理由は2つあります。1つ目は、発生期や発達期と異なり、大人になると内在的な神経の伸びる力が不足するためです。2つ目は、脳や脊髄は、神経を再生させない環境にあるためであり、再生させない物質を再生阻害因子と言います。

この再生を阻害する分子として知られているものにNogoがあります。病気になったり、損傷を受けたりすると、たくさんのNogoが発現して受容体と結合し、神経を伸ばすことができない環境になります。このため、Nogo受容体を抑え込むことができれば、神経を再生させることができるだろう、と昔から考えられてきましたが、実現させることはできませんでした。

ところが、私たちの研究室でLOTUSの性質を詳しく調べた結果、まったく予期していなかったのですが、LOTUS にはNogo受容体と強く結合して、Nogo受容体の神経の再生を阻害する機能を止めてしまう、という生理機能があることが分かりました(図2参照)。

図2 LOTUSの神経再生の促進機能

実は発生期においても、中枢神経にNogoやNogo受容体が発現しており、なぜそのような環境下で神経回路を形成できるのか、という疑問は神経発生の七不思議の1つに挙げられていました。私たちは、必要な時にはNogoとNogo受容体の結合をLOTUSが抑えることで、神経回路が形成されることを明らかにし、この七不思議の1つを解明しました。その研究成果は、2011年に、米国の学術雑誌「Science」で発表しています。

 
LOTUSを用いた医療技術

大人の脳や脊髄にもLOTUSは内在しています。ただ、中枢神経に障害が起きたり、疾患にかかったりすると、LOTUSが大幅に減少してしまい、損傷した神経が再生できなくなります。そこで、LOTUSがなくなった分だけLOTUSを補填する、あるいはLOTUSがなくなるのを止めることができれば、それが神経を再生するための治療法になります。

LOTUSを利用した神経再生の主な医療技術としては、次の3つが挙げられます(図3参照)。

図3LOTUSを利用した神経再生医療

1つ目は、遺伝子工学を用いて人工的にLOTUSのタンパク質を精製し、タンパク質製剤を作って患者さんに投与します。マウスを用いた実験では、LOTUS製剤を投与して、神経の再生に効果があることを確認しています。ただし、製剤化に向けては、タンパク質の精製が難しいこと、凝集性が強く均一性を保つのが難しいことから、安定して薬を作るための研究が必要になります。

2つ目は、遺伝子治療と呼ばれるもので、LOTUSの遺伝子を患者さんの体内に導入して、細胞でLOTUSを作らせます。この遺伝子治療が、いま最も実用化の可能性が高い医療技術であり、企業とも連携しながら開発を進めています。具体的には、ウイルスの感染を利用します。ウイルスの中にLOTUSの遺伝子を入れておき、ウイルスが体内の細胞に感染する際に、感染した細胞にLOTUSを作らせる治療法です。

3つ目は、LOTUSタンパク質を分泌する細胞を移植することで、患者さんの体内にLOTUSを発現させます。なお、この3つのほかにも、LOTUSがなくならないようにする方法、LOTUSを作らせるような働きをもつ物質を探すアプローチがあり、これらについても研究を進めています。

 
脊髄損傷や脳梗塞の治療を目指す!

脊髄損傷は、偶発的な交通事故やスポーツ事故などにより、日本では毎年5千人の受傷者が生まれ、慢性期の患者さんを入れると、その数は20万人から30万人と言われています。また、脳梗塞は、さらにたくさんの患者さんがいて、ある日突然、体が不随になったり、運動麻痺になったりします。私たちの研究室の当面のターゲットは、このような脊髄損傷や脳梗塞を治療するための医療技術の開発です。

モデル動物を用いた実験では、脊髄損傷や脳梗塞を発症させたマウスを作り、LOTUSによる神経再生の効果を確認できています。例えば、あらかじめLOTUSがたくさん発現しているマウスと、LOTUSをまったく持たないマウスを作っておき、それぞれに脊髄損傷を発症させます。そして両者を比較すると、LOTUSの過剰発現マウスでは、歩行運動の機能や麻痺した感覚などが回復するのに対し、LOTUSを持たないマウスでは回復しないことが明らかになりました。

現在、遺伝子治療のためのウイルスを作り、マウスでの検証を進めようとしているところです。その後、ウイルス感染により過剰にLOTUSが発現する状態が続くことで、マウスに何か障害がでないか、安全性試験を行って確認する予定です。そして、2~3年以内に臨床試験に入りたいと考えています。とにかく「患者さんに早く届けたい」というのが、私たちの思いです。

 
神経再生医療のビジョンは?

5年後くらいには、脊髄損傷と脳梗塞について、臨床試験が進行しているようにしたいと考えています。また10年後は、LOTUSを利用した医療技術の適用を拡大させたいですね。例えば、視神経の再生や、脳の疾患のうち、多発性硬化症の治療などが挙げられます。

一方、次世代の医療として、世界中の様々な研究成果を組み合わせて治療を行うことが考えられます。今は一つひとつの分子が何の症状に効くかということで薬を開発していますが、いくつかの薬を組み合わせた治療薬(カクテルの薬)を開発することで、難病を治せるようになる可能性が高まります。例えば、脊髄損傷については、オールジャパンの技術を結集することで、すべてのターゲットを対象に、同時かつ網羅的に治療できるのではないでしょうか。

LOTUSを用いた医療技術とほかの医療技術(例えば、iPS細胞)とを組み合わせ、相乗効果を引き出せるような医療技術に発展させていければ、たいへん嬉しく思います。


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